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そうやって暮らしてゆこう

アーストレーニング・陸上競技(マスターズ陸上)・ロードバイク・エストレヤ・旅・柴犬

運動形態による脚のカタチ ペダリングとランニング

長距離走と短距離走では身体の見かけが異なるのは誰でもわかる。また、お相撲さんは相撲に特化した身体だし、ラグビーラグビーに特化した身体、バスケは高身長が当然有利だし、水泳は手が長く上半身が大きくなる。その結果、あるスポーツに特化してゆくと、他のスポーツにとって弊害が出てくる。もちろんプロレベルの話であるかもしれないけど、アマチュアでも十分言えること。

陸上競技の中で混成競技という種目がある。走・投・跳という能力をバランスよく向上させてゆく総合力が問われる競技。例えば投擲種目を伸ばすために上半身を鍛え過ぎてしまえば、体重がかさみ走高跳で不利になる。また徹底的に下半身・バネを鍛えることで、跳躍種目は伸びるかもしれないが、投擲種目は難しくなる。とにかくトレーニングのバランスが難しい。

さて、短距離や跳躍練習をして、バネの効いたシャープな走りになってくると、ふくらはぎが細くなり足首が締まってくる。膝周りの筋肉は落ちて、太ももの付け根周りがグッと太くなる。特に、後ろと内側。末端にかけて細くなってゆくムチのような脚に変化する。ハムストリングスや内転筋、大殿筋、腸腰筋が有名どころ。また、肩周りも細くなり、二の腕がシャープになる。腕振りがしやすく肩甲骨と骨盤の連動が意識しやすくなる。腹筋の深い所、いわゆる大腰筋群のしなやかさも増してくる。

一方、自転車競技をやっていくと太ももは樽型になってくる。太ももの付け根が太くなったり、足首ふくらはぎがシャープになってくるのは走りと同様だが、膝周りの筋肉はある程度ついてくる。内側広筋もポコッとしてくる。また、前傾が深いためおしりの筋肉もムチムチしてくる。引き動作が強い選手なら、膝屈曲のためハムストリングスの下方も肥大してくる。

走る行為とペダルをこぐ行為は、同じ脚を使う競技といえど、そもそも運動形態が異なる。運動とはチカラを外部に伝えることで、自身が加速・等速・減速する現象。走りなら地面に足がついている時に力を伝えることができる。空中ではどうしようもない。ペダリングならペダルにチカラを入れたければいつでも可能だ。

端的に、ランはエキセントリック運動、ペダリングはコンセントリック運動という分け方もできる。

具体的に、走りは空中に足がある間はどんなにチカラを入れたところで前には進まない。地面に足が着いたときに、より大きなチカラを短時間で地面に伝えること、そのときのベクトルを推進方向へいろいろ合わせることで効率の良い、高速な走りができる。ここで重要なことは空中に脚がある間はなるべくリラックスさせること。このリラックスとチカラ発揮をタイミングよく高速にサイクルさせることが、走りのスキルとして重要。

自転車はというと、いつでもペダルにチカラを入れればそれはそれで出力となる。円運動に対して接線方向へ絶えずチカラをかけ続ければ、理論上最高効率となる。しかし、いろんな研究論文を読めばわかるが、ペダルに対しては2時から5時あたりまでの角度で接線方向へチカラをかければいいとある。あとはベダルの回転に対して逆負荷にならない程度に引けばいいということがわかる。いわゆる引き足はベダルの回転を詐害しない程度ってこと。つまり、踏み込むことに集中し、切り返しの意識を持つほうがいいとある。中野浩一氏は「自転車の上を走るような感覚」というが、その感覚とペダリング出力は一致している。

そらに言えば、人間の筋肉ってのは、ずっとチカラを込め続けては血流が阻害され酸素・栄養が行き渡らない。また疲労物質も流れてゆかないという弊害がある。共縮運動はぎこちない動きを作り出し、疲労する動きの代表だ。このあたりは初動負荷理論が詳しい。また、身体は重力方向に力を加えることを得意とする地球上の生物であることからも、身体にとって効率の良い動きとは何かが分かる。

このように、ペダリングの理想と身体運動の理想は、異なることが理解できる。雑誌にしろ個人にしろ、よく効率のよいペダリングというコトバを使うが、それが何に対して効率がいいのかが抜けている。エネルギー効率を純粋に求めても、人間の構造がそれに適していない場合無意味だ。機械的効率にしか目が向いていない。

また、ペダリングにはチカラを入れる帯域が個人によって大きく異なる。また、その出力時間も様々だ。クランクが2時の時だけ瞬間的にチカラを入れ、あとは惰性というペダリングもある。0時から膝を伸ばす感覚、2時から踏み込む感覚、5時あたりで膝を屈曲させる感覚、大雑把であるがこんな感じでペダリングされている方もいる。

脚の長さ、膝下・大腿比、各筋肉の発達度合い、最大ピークトルク角、さまざまな要因によって、個人のペダリングは異なっているというわけだ。言うまでもないことだが。

走りもペダリングもそもそも人間のもっているチカラをどう活かすかがポイント。機械から見て効率の良い動きが必ずしも人間の構造上効率のよい動きとは言えないということを認識しなければ、個性をいかすことはできない。

個性を活かすために重要なことは、自分を客観視できる能力。自分にとって都合の良い情報を取り入れてばかりいるのではなく、自分の問題点・改善点を客観的に分析し、対策をねることができる人間が、ほんとうの意味でポジティブで前向き、かつ柔軟性にとんでいるのかな、と。

まぁ、このへんの話こそ個人で考え方が異なるので、それぞれの考えで楽しめばいいですね。