そうやって暮らしてゆこう

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ピークハントと登山

同じ山に何度も登る。

登り口を変えてみたり、ソロであったり、いつもの友人であったり、新しい仲間であったり、走ることもゆっくり歩くことも、頂上を目指す時も途中で引き返すことも、とにかく山というフィールドに対して「これ」というポリシーも無く、毎回楽しませてもらっている。

自然の中にいると、自分という自我を消失してしまうことがある。そのとき、なんだか自然と一体になった感覚がぼんやりある。その感覚をリアルに呼び戻そうとすると、それらはふっと消えてしまう。思いだそうとすれば、さらに向う側へ行ってしまう。ちょっとあぶない人かな。。。

 

しばらく前、あるベテラン登山家に会う機会があって、ピークハントと登山は違うのだ、という話を聞いた。

一般的に、ピークハントたちはどれだけの数の山を登ったか、それらをいかに効率よく速く登ったかを自慢し、登山家はその過程を楽しむ、と。ピークハントたちはコレクターか何かであり、登山家はそんなピークハンターたちの登り方に対して疑問をもち、批判の対象としているとのこと。山の楽しみは他にもっとある、という主張だ。

自分は、ピークハントも登山家も自分の好きなスタイルで登っているのだから、お互いリスペクトしあえばいいんじゃねーの? お互いを認めれば、自由落下的にお互いの領域に関心を持ちだすんじゃないの? と、思ってしまうのだが。。。

君はどっちなの? と質問されたので「ぼくは倒立ハントです」と答えた。

ルールとマナーを守りながらいろんな楽しみ方でいいと思うのね。自分が思う山の素晴らしさを他人に説明するときは、押しつけにならないよう気をつけなくちゃなぁ。