そうやって暮らしてゆこう

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身体はひとつ

「からだにいい運動」というのがちまたでたくさん存在している。ヨガ、ピラティス、骨盤体操、脊柱運動、ストレッチ、螺旋運動、古武術などなど、たぶん数百種類以上。提唱する人の数だけ理論があるんじゃなかろうか。

「良い」という定義もあいまいだから、「良い」には多くの方向性が存在し、結果的に手段も多数存在する。多様性が種の命題だとすれば、いろんな「良い」があってもいいわけで、必然的にいろんな「手段」があって然るべきだと思う。

とはいえ、大抵の「手段」は、己の「手段」が一番良いと思っているふしがあるもの。お互い「良い」の方向性が違うのだから各々が一番であるのは当たり前なんだけど、からだによいという漠然な定義の中では、お互いがけん制し合うのも致し方無いのかな。

そんなわけで「身体の正しい動き」とは何だろうか?

姿勢が良いとは? 正しいフォームとは? 健康に良いとは?

人によって「良い」の定義が異なるのだから、それぞれがいろんなことを言うのは当然なこと。

スポーツ選手が 怪我をして病院にかけこむ。

先生、来週の試合がラストなんです!なんとかしてください!

先生は医学的根拠から出場は不可能だと診断する。しかし、心情的にはなんとかしてあげたい。

医師としては安静にすべき怪我であるので、安易に請負うわけにもいかない。そんな責任もない。

また、医師によっては、過去の経験から特殊な治療法で多くの選手を救ってきた実績がある。選手もそれを知っていて、お願いしている。

いろんな状況や立場がある中、判断をするのは簡単なことではないことが、実際の現場でも良くある。どちらが正しいかなんて無い。選手にとっては出場することが「良い」のであるし、医師にとっては安静にしてケガを治すことが「良い」ことだろう。

大事なことは相手の立場で考え、お互いに信頼を築くこと。一般論だけど、やっぱりそこに落ち着くと思う。

からだにとって良いこととは、相手の立場で考え、相手にとって良いことを一緒に考え、自分の成功したやり方を押し付けないことが前提であると思う。
その中で、「じゃあこういう骨盤体操が今の君にとっては何か改善することができるかもしれないよ」とアドバイスができる。

そうやって他人からアドバイスをもらうためには、自分で自分の状態を把握していないとダメだってこと。いわゆるメタ認知の一つ。

肩が痛い。いつから、どんなことをして、どのようにすると、どんな風に痛いのか。自分の言葉で感覚で説明できることが最も大切なことだと思う。

その中で、自分が思っているほど自分の事を知らない事実を知っていること、が大切になってくる。

常にその目線でいたいと思う。