そうやって暮らしてゆこう

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黄昏れ柴犬 〜なな5ヶ月〜

 叱られても簡単にめげないことは生きるには大切なことかもしれない。それは犬も人間も同じ。褒めることと叱ることをバランスさせ、人と犬が気持ちよく生活できるような環境を作ることは必然であるけども、それなりに労力を使うもの。でも、だらしなくだらだら生きることは生来無理な性格らしい。実際、だらしない生活がなんなのかは分からないけど、少なくともシンプルに清潔に、そして分かりやすいタスクを厳選して整えた一日を過ごしたいと思う。整えるための少しの努力は生活の良いスパイスではないだろうか。

 初めての海。

 はしゃぎすぎてダメ出し食らったけど、最後はいっぱい良い子だったね。

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【Result】東海マスターズ陸上競技選手権 2017.5.21@エコパ

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結果は以上の通り。凡庸なタイムだけど、今回も楽しく走れた。

天気は快晴。出で立ちは無地の綿Tシャツにユニクロの短パン。なんとなく定番化してきたけど、綿Tシャツは腕の動きというか体幹のうねった動きに対応できない感じがあり、身体にまとわりつく抵抗を感じてしまう。考えればその通りで、当たり前のことかもしれないけど。

そういえば、いつも思うことだけど、人と一緒に走ることであらためて自分が後半型であることを認識する。100mも200mも後半に他の選手に追いついてそのまま抜いてゆくレースパターン。かといって後半対策の練習をしているわけではない。体力も特にあるわけでもない。ただ思うのは、勝手にみなさんが疲れて遅くなってゆくのでは、前半でものすごく力んでいるように感じ取れる。ゴール後も僕はなかなか止まれないので30mくらい走ってしまうが、他の選手はゴール後にすぐに止まってしまうのも、力みによるエネルギーの枯渇が原因の一つだと思う。

もちろん全員がそういうわけではないけど、前半型の選手はとにかく力みすぎだと思う。ぼくはいつも100m地点で最高速になればいいという感覚で走っている。実際は60m付近で最高速に達するのだけど、そのあとも伸びてゆくイメージで走るようにしている。

あとは走りの技術の問題。技術で走っているから後半が伸びる、ということにしている。技術は加齢によってレベルが落ちるものと上昇するものがある。ぼくの走りの技術目標は60歳で11秒台で走ること。つまり体力に依存しない技術を極めたいと思っている。実際は、日々からだの状態は異なるし、毎年毎年走りの技術は異なっている。ただ、物理法則は変わらないわけだから、いかにして加速度と等速直線運動の精度をあげてゆくかに集約されているのは確かだ。

とはいえ、結局のところ60歳になった時にしか分からないのだけど。ただ、その時11秒台で走れなくても、切磋琢磨精進して生きてきたことが何よりの価値になるのだろうな、と思う。生きた証ってほどじゃないけど、ライフワークの一つとしてなかなかいいもんだと思う。

とりあえず言えることは、

「体力じゃないのだよ、後半というものは」

【Result】全日本マスターズ陸上跳躍五種大会 2017.4.16@小田原

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 なんとも不思議な大会だった。

 陸上競技の跳躍種目は4つしか僕は知らない。あと1個何を追加したのだろう、と思って参加したところ、追加されていた種目は立五段跳だった。立五段跳なんて普通の人は知っているのだろうか、立幅跳は地味だから却下されたのだろうか、などとどうでも良いことを思いながら競技場内をいつものように適当にアップをした。

 3週間前の大邸の大会で走幅跳の最中に脇腹を痛めていたので、今回は様子をみながらの試合となった。水色のTシャツとユニクロの紺色の短パン姿が最近のお気に入りウェア。このスタイルはなかなか走りやすいし、ラフな感じでなんとも心地よい。自分の好きな格好で競技を行うというのも、趣味を長く続け楽しむ一つの方法だと思っている。

 そのおかげでもないが、競技中に脇腹の痛みはそれほど気にならず、今できることに十分集中することができた。ただ棒高跳は腕を上に差し出す際、脇腹が若干痛んだので記録が残る程度で終了した。何事も引き際が肝心だ。その他の種目では特筆すべきコトは特にない。いつものようにその場の空気を楽しみ、一期一会の試技に集中すればいいだけのことだった。記録でもない、記憶でもない、ただそうあるべきところにそうなった、としか言えない時間だった。

 にしても参加料7000円は高いと思った。

【Result】世界マスターズ室内陸上競技大会 2017.3.22@韓国大邸

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 競技は雰囲気など概ね楽しめた。

 誰と競うわけでもないので、無邪気な気持ちで試合の雰囲気を楽しめた。また、けがもなく最後まで走りきれたことがなにより良かった。身体の使い方とかそういう話はもう語る必要は無いと思う。子供のころのように、ただひたすら走っている自分がそこにいて、このままいつまでも楽しい時間が終わらなければいいのに、という感覚になっていた。どんな競技種目を行なったのかさえあまり覚えていない。子供が昨日遊んだことの内容を覚えていないように。

 あえて説明するのなら、軽いフロー状態になっていたのかもしれないが、そこに頼っていたわけでもないし、再現性のある話でもない。理由はただの後付けにすぎない。あるのは心地よかったというふわりとした感情のみ。

 そしてそれは十分すぎる価値として僕には感じられた。外国で競技するということは、こんなに自由で気持ちの良いことなんだとあらためて感じた。遊びであるフロー状態が心地よく楽しい感覚は自分の中の価値観として最上位に位置するようだ。

 他に座禅を行っているときも、そんな不思議な気持ちのよい感じになるが、座禅の場合は走るより幸福感には至らない。座禅にはまっちゃうといわゆる禅病と呼ばれるモノになってしまい、その気持ちよさから抜け出せなくなる。長く走っていると一種のゾーンに入って気持よくなっちゃう人もいるけど、そういう気持ちよさとはちょっと違う。僕もしんどいことを続けた後でやってくるセカンド・ウインド、身体が危機的状態に置かれた時異常な感覚が発現するゾーンはたまに体験することはあるけど、この遊び的なフロー状態は、それらと一味も二味も違う。何が違うかは明確に書けないのが歯がゆいところで、あまりこんなことを言っていると頭がおかしい人と言われてしまう。まぁ、事実頭がおかしいのだから気にする必要はないわけでもある。

 というわけで、こんなに楽しいのなら来年も旅行がてらに海外の試合にエントリーしたい。去年のヘルシンキの楽しい体験も記憶に新しい。また一つ楽しいことが増えた。

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時の桜

春は好きではなかった。少し浮ついたような独特の雰囲気が苦手だった。学生の頃、春になり学年が一つ上がり新しいクラスで新しい仲間の中に自分がいることに、どうしようもない違和感を感じていた。他の人は知らないけど、とにかく僕は春の人事異動がによる空気感が苦手だ。早く平穏で「普通の時間」が流れて欲しいと思っていた。「普通の時間」ってのは僕にとっては最も重要で大事な要素だった。

実家から歩いて1分のさくら並木には普通の時間が流れている。毎年訪れるこの場所には、僕の一年が詰まっているとさえ思えてしまう。ここからはじまり、そして1年が過ぎる。一瞬の出来事ではないはずなのに、まさにさくらの花びらが散るように一年が一瞬で過ぎてゆく。

春は好きとか嫌いとか、そんな分け方は僕にとってちょっと違うような気がした。

僕にとっての春とは「ただこの時を味わい、今この瞬間を生きること」を感じさせる季節なのかもしれない。

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柴の仔犬がやってきた

3月5日に柴の仔犬がやってきた。商売する気のない愛犬家であるブリーダーさんより譲っていただいた。2017年1月7日生まれでNANAと名付けた。

臆病さんの割に好奇心が強く、それでいてマイペースという、どこか僕に似ているのは妻の言葉。確かにそんな気がする。

散歩に出かけると(まだ1回目のワクチン摂取のみなので)バックの中からずっと顔を出して外の様子を伺っている。前から顔を出したり、後ろから顔を出したり。電車が通る大きな音にびっくりして、バックの中に頭を引っ込めるときもあるが、すぐに再びそーっと顔出してあたりを見回す。少しなでてやると安心した顔をする。

餌を与えるときも、僕らが先に食べている間、ケージの中で食べたそうにきゅんきゅん音を漏らしているが、決して大きく吠えたりしない。ただ、どうしても食べたいからくーんと声が出てしまう。しつけのために僕らは無視していると、諦めておとなしくなる。というか不貞腐れて寝たふりをする。やっとのことで餌をもらえると分かると、すぐに飛び起きておすわりして待っている。おすわりして待てができないと、餌をもらえないということを覚えたのだ。

他の犬がどうかは知らないけれど、柴犬というのは従順で賢いというのは噂だけでは無いようだ。その後、一瞬でえさをたいらげ、もうちょっとほしいなぁと、ぼくの顔を見て目で訴えてくる。どんなに訴えてももらえないのが分かると、諦めて寝転んでしまう。その後はぐーぐー眠りに落ちる。

なんだか人の子と変わらないんじゃないかと思う。そんなふうにして、NANAの日々の成長がとても楽しいということに僕自身が驚いている。もともと犬が好きではあったけど、育てるのはそれなりに大変かと思っていたが、全く大変という感覚は無くただただ楽しい。それは妻も同様だったようで、まるで人間の子育てと同じだね、とふたりで良く言っている。4月に生まれる我が子のプレ育児なのかもしれないね、と。

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静かな2月

気が付けばあっという間の2月が過ぎ、いつのまにか3月になっていました。

振り返れば2月は結婚4周年記念として伊豆の吉名温泉「東府や」でのんびりしたことが一番こころに残るできごとでした。

その他の日々はとりたてて特別なことは無く、いつものように判断と決定の仕事をひたすら繰り返し、帰宅後に軽くトレーニングをし、シャワーを浴び食事を作り妻と一緒に一日のできごとを話し合い、寝室でいくばくかの読書で心を落ち着かせ就寝する、というサイクルでした。このサイクルは僕にとっては非常にお気に入りだといえるもので、一般的には大半の人にとって「つまらない」生活に映ると思われます。

僕は元来同じように見えることをコツコツ続けることが好きな性分なので、他人から見て「同じ」ことに見えても、自分にとっては常に新鮮な感覚が存在し好奇心に満ちた対象に映るわけです。

そんな小さな日々の繰り返しが特に際立った2月は、当然ぼくにとっては大変幸せなものでありました。

さて、3月はいろいろありそうです。